不思善 不思悪
善いとも思わず、悪いとも思わない。善悪の判断が起こる前の、その瞬間の自分を見よ。
出典の物語
六祖慧能(えのう)が、師匠から後継ぎの証(衣と鉢)を受け取って南へ逃げたとき、それを奪おうと追いかけてきた男がいた。もとは将軍だった慧明(えみょう)である。慧能は衣と鉢を石の上に置いて言った。「これは信頼の証であって、力で争うものではない。欲しければ持って行きなさい」。慧明が持ち上げようとすると、山のように重くて動かない。慧明は震え上がって言った。「私は教えを求めて来たのです。衣が欲しいのではありません。どうかお示しください」。慧能は言った。「善いとも思わず、悪いとも思わない。まさにそのとき、あなたの本当の顔はどれか」。慧明はこの言葉で深く悟った。「ほかに秘密の教えはありますか」と聞く慧明に、慧能は「私が言ったことは秘密ではない。あなたが自分の顔を照らし返せば、秘密はあなたの側にある」と答えた。何かを見た瞬間に「良い・悪い」と判断する、その判断が立ち上がる手前を見よ、という問いである。
出典:『無門関』第二十三則「不思善悪」/『六祖壇経』行由品
ウェルビーイング研究とのつながり
マインドフルネスの定義の中心は、「今の体験に注意を向けること」と「それを評価せず、好奇心と受容をもって受け取ること」の二つである(Bishop et al., 2004)。判断が立ち上がる前の一瞬に気づく訓練は、否定的な自動思考に巻き込まれにくくし、抑うつの再発を防ぐ効果があることが示されている(Teasdale et al., 2002)。「善悪を思わないそのとき」を見よという慧能の問いは、この「非判断的な気づき」を一言で言い当てている。
現代の暮らし・仕事への示唆
何かを見た瞬間、私たちは「良い・悪い」「好き・嫌い」「得・損」のラベルを貼る。そのラベルがあまりに速いので、ラベルのない世界があることを忘れている。上司の表情を見た瞬間に「怒っている」と判断し、その判断に反応して一日が決まる。慧能の問いは、判断が起こる前の一瞬を見よ、と言う。マインドフルネスでいう「評価せずに気づく」はこれに近い。判断を捨てるのではなく、判断の前に一拍置く。その一拍に、本来の自分がいる。
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