実存主義
幸福ではなく、不安と無意味を引き受けて自ら意味を創り出す生の本来性(自分の生を自分で引き受けること)が問われる
人間にはあらかじめ決まった本質も、生きる意味も与えられていない。だから幸せをゴールに置くこと自体が、自由の重さから逃げることになりうる。問われるのは、自分の自由と死をまっすぐ見て、自分で選んだ生き方に責任をもつこと。幸せは目標ではなく、意味を見つけた結果として後からついてくる「副産物」と位置づけられる。
19世紀のキルケゴールに始まり、20世紀のハイデガー・サルトル・カミュらが展開した哲学。人間にはあらかじめ決まった本質はなく、自分の自由と死に向き合って自ら生き方を選ぶことを説く。強制収容所の体験から「意味への意志」を説いたフランクル(『夜と霧』)もここに含まれる。幸福を目標にしない点が特徴。
どれくらいの人が信じているか、学んでいるか
思想なので、信者数というものは存在しません。影響圏の代理指標として、ロゴセラピー系の心理療法の実践、Meaning-Centered Psychotherapy(ブライトバートら。終末期医療)、MLQの使用件数が挙げられます。
人数の軸には置けませんが、臨床実践への浸透という点では、現代思想の中で突出しています。
実存主義(じつぞんしゅぎ。19世紀のキルケゴールに始まり、20世紀のハイデガー、サルトル、カミュらが展開した哲学。人間にはあらかじめ決まった本質はなく、自ら生き方を選ぶことを説く)は、幸福を中心概念に据えません。中心にある言葉は、実存(Existenz/existence〔エクシステンツ〕。本質に先立ち、そのつど自分自身に関わる仕方で「在る」こと)です。
なぜ幸福を中心に置かないのでしょうか。人間には与えられた本質がなく(サルトル〔ジャン=ポール・サルトル。1905〜1980年。フランスの哲学者・作家〕の「実存は本質に先立つ」)、生きる意味もあらかじめ備わっていません。だから幸福を目的として定義すること自体が、自由の重荷から逃れる自己欺瞞(mauvaise foi〔モーヴェーズ・フォワ〕。自由から逃げるために自分に嘘をつくこと)になりうるからです。
代わりに問われるのは、本来性(Eigentlichkeit〔アイゲントリヒカイト〕。eigen「固有の」に由来し、「自分自身のものであること」)です。自分の自由と有限性と死を直視し、世人(das Man〔ダス・マン〕。ハイデガーの用語で「ひと」とも訳される。誰でもない匿名の平均的な生き方)に埋没せず、自ら選んだ企てに責任をもって生きることです。したがって「善き生」は、快や満足の量ではなく、生の引き受け方の質として測られます。
関連する言葉として、不安(Angst/angoisse〔アングスト/アングワース〕。特定の対象をもたない気分。無と自由が開示される感覚)、不条理(l'absurde〔ラプシュルド〕。意味を求める人間と、沈黙する世界とのずれそのもの)、意味(Sinn〔ジン〕)、意味への意志(Wille zum Sinn〔ヴィレ・ツム・ジン〕。フランクルの用語)があります。
ただし実存主義は、幸福を全否定するのではありません。カミュ(アルベール・カミュ。1913〜1960年。フランスの作家・思想家)は、不条理を自覚したうえでの反抗こそが幸福でありうるとしました。フランクル(ヴィクトール・フランクル。1905〜1997年。オーストリアの精神科医。強制収容所を生き延びた)は、意味の発見が幸福を結果としてもたらす(幸福は追求できず、ただ帰結するのみ)と述べます。幸福はここで目標から副産物へと格下げされつつ、なお肯定されるのです。
一言でいえば、幸福ではなく、不安と無意味を引き受けて自ら意味を創り出す生の本来性(自分の生を自分で引き受けること)が問われる、という立場です。
幸せを妨げるもの
批判対象は五つあります。①本質主義(人間にはあらかじめ決まった本質があるとする考え)。②ブルジョワ的な安楽と、大衆社会の匿名性です。キルケゴール(セーレン・キルケゴール。1813〜1855年。デンマークの哲学者)の「公衆」、ハイデガー(マルティン・ハイデガー。1889〜1976年。ドイツの哲学者)のdas Man、サルトルのsalaud(サロー。「卑劣漢」。自分の自由を認めず、自分の存在を必然だと思い込む人)がこれにあたります。③自己欺瞞=自由からの逃避。④世界が意味を保証してくれるという期待。カミュはこれを「哲学的自殺」と呼びました。⑤実存的空虚(生きる意味の欠如感)を埋め合わせるための快楽・順応・権力(フランクル)。
幸福を妨げるのは外的な欠乏ではなく、自由を引き受けないことです。この思想で幸福の反対にあたるのは「無意味」、すなわち自己欺瞞、自由からの逃避、実存的空虚です。
学習・思索
実践は思想家ごとに大きく異なります。キルケゴールは実存の三段階(美的→倫理的→宗教的)と、信仰への飛躍を説きました。ハイデガー(『存在と時間』1927年)は、死へ臨む存在の先駆的決意性(せんくてきけついせい。自分の死をあらかじめ引き受けて、本来の自己を選び取ること)を論じました。ただしこれは道徳的な処方ではなく、存在論的な分析です。サルトルは、状況の中での選択と参加(engagement〔アンガージュマン〕。社会や政治への関与)です。カミュは、不条理を自覚したうえで、自殺でも希望でもなく「反抗」を選ぶことです。
フランクルだけが明確な実践体系を持っています。ロゴセラピー(生きる意味を見出すことを中心とする心理療法)です。意味を実現する三つの価値(創造価値=何かを創り出すこと、体験価値=何かを体験すること、態度価値=変えられない苦しみにどんな態度をとるか)、逆説志向(恐れていることをあえて望んでみる技法)、脱反省(自分への過剰な注目をそらす技法)が含まれます。
総じて、フランクルを除いて実践体系を持たないのは、一般的なマニュアルを与えることが「各人が自分の状況において自ら選ぶ」という根本主張と矛盾するからです。
幸せはどこにあるのでしょうか。意味の次元です。個人の内面における自由の引き受け方に宿ります。しかしその意味は主観的な気まぐれではなく、状況・他者・世界との関係の中で見出されます(特にフランクル、ボーヴォワール〔シモーヌ・ド・ボーヴォワール。1908〜1986年。フランスの哲学者・作家〕、後期サルトル)。ボーヴォワールは、自由が他者の自由によって媒介されることを強調し、関係性の次元を明確に組み込んでいます。
いつ実現するのでしょうか。有限な生の全体においてです。ハイデガーでは、死へ臨む存在としての将来が現在を規定します。カミュは逆に「今この瞬間」の量的な生を強調します。フランクルは「過去に貯蔵された意味は誰にも奪えない」という過去志向の契機を持ちます。共通しているのは、無限や来世に幸福を委ねないことです。時間軸のタグは「現世」、実践の形は学習・思索です。
モデルとしては、意味・引き受けモデル(幸福は目標ではなく副産物)です。
「私」と世界の境目
実存主義の「私」は、投企(とうき。自分を未来に向かって投げかけ、可能性を選び取ること)する実存です。自己は所与ではなく、選択の積み重ねによって事後的に形成されます。サルトルは「人間は自らつくるところのもの以外の何ものでもない」と言いました。キルケゴールは「自己とは、自己自身に関係するところの関係である」と定義し、自己を実体ではなく関係の運動としました。
関係類型でいえば、分離型ですが関係的な要素があります。投企する実存として個人が単位になる一方、ボーヴォワールと後期サルトルは他者による媒介を組み込んでいるからです。
境遇(運)と、努力か贈与か
境遇との関係は「独立」です。問われるのは境遇そのものではなく、境遇の引き受け方だからです。フランクルの「態度価値」がこれを最も明示的に定式化しています。変えられない状況にあっても、それに対してどんな態度をとるかは自分で選べる、という考えです。
努力か贈与か、という問いには、努力による獲得ですらない、と答えることになります。「選ぶ」という行為そのものが問題であり、獲得される対象がないからです。マップ上では「努力」に分類されますが、それは何かを手に入れる努力ではなく、選ぶことを引き受けるという意味です。
苦しみの位置
苦は、通過点であると同時に、意味の場です。フランクルの態度価値は、変えられない苦しみにどう向き合うか、そのものが意味の実現でありうるとします。苦しみを取り除けない状況でも、その苦しみに対する態度を通じて、人は意味を実現できるのです。苦を純粋に負の量とみなす功利主義(E-01)とは対照的です。
目盛りの定義は 17のマップ の各「目盛りの定義」を参照。
ヘドニア/エウダイモニア、三分類の枠組み
実存主義は、ヘドニア(快と満足としての幸福)とエウダイモニア(人間としての機能の発揮としての幸福)の両者の外部、「意味」の極にあります。快の最大化を明示的に拒否するため、ヘドニア極ではありません。エウダイモニア的ではありますが、人間本性の完成という目的論を拒むため、古典的なエウダイモニズムとも異なります。心理学的ウェルビーイング研究の三分類(hedonic/eudaimonic/meaning)では、meaning(意味)極の代表とするのが適切です。
快楽説(快が善)/欲求充足説(望みが満たされることが善)/客観的リスト説(本人の感じ方によらず良いものの一覧がある)の三分類では、客観的リスト説にあたります。意味や本来性を客観的な善とみなすからです。ただし「リスト」の内容が、各人の状況ごとに異なるという点で特異です。
前野4因子との相性(やってみよう=◎ ありがとう=○ なんとかなる=× ありのままに=◎)
前野隆司(幸福学の研究者)の四因子との相性は次のとおりです。やってみよう(自己実現と成長)=◎。投企と選択に対応します。ありのままに(独立と自分らしさ)=◎。本来性に対応します。なんとかなる(前向きと楽観)=×。希望への逃避を批判するためです。ありがとう(つながりと感謝)=○。ボーヴォワール、後期サルトル、フランクルにおいては関係性が明示的に組み込まれているためです。
ニーチェ(E-03)と似た分布ですが、「ありがとう」が×ではなく○になる点が違います。
生きとし生けるものの幸せ(× 主題にならない)
×〜△です。サルトルは人間の自由に集中しています。カミュもボーヴォワールも人間中心です。フランクルの意味は、人間の実存に限定されています。人間以外の存在は、この思想の主題にはなっていません。
研究でどこまで確かめられているか
研究の裏づけは「多」です。意味研究として確立しています。
①意味の心理学です。ステガーらのMLQ(Meaning in Life Questionnaire。2006年、Journal of Counseling Psychology)は、「意味の所在(今、意味を感じているか)」と「意味の探求(意味を探しているか)」を分けて測定します。フランクルの「意味への意志」の操作化(測れる形にすること)として位置づけられることが多い尺度です。
②ロゴセラピー系の尺度として、PIL(Purpose in Life Test。人生の目的テスト)があります。
③自己決定理論(SDT)との親近性です。ライアンとデシの研究(2000年、American Psychologist)のautonomy(自律)概念は、外的な統制に従う生き方と、自己と統合された動機づけによる生き方を区別します。この点で本来性/自己欺瞞の対比と構造的に対応します。ただし理論的な系譜は別です(SDTは有機体論的心理学に由来します)。「実存主義の実証版」と書くのは誤りです。
④PTG(ポストトラウマティック・グロース。心的外傷後成長)研究、終末期医療におけるMeaning-Centered Psychotherapy(ブライトバートら。フランクルを明示的に基盤としています)。
研究の対象は思想そのものというより、フランクル経由で心理学に翻訳された「意味」の概念です。
どこから来て、どこへ流れたか
実存主義が受け継いだものは、キルケゴール、ニーチェ(E-03)、フッサール(エトムント・フッサール。現象学〔意識に現れるものをそのまま記述する哲学の方法〕の創始者)、ドストエフスキー(フョードル・ドストエフスキー。19世紀ロシアの作家)です。
流れていった先は、ロゴセラピー(フランクル)、Meaning in Life研究(ステガー)、Meaning-Centered Psychotherapy(意味中心心理療法。ブライトバートらが終末期医療のために開発)、自己決定理論との親近性、ヒューマニスティック心理学(人間の成長の可能性を重んじる心理学。ロジャーズ、マズロー)です。
発達段階論から見ると
「本来性」と「自己欺瞞」の対は、キーガン(ロバート・キーガン。成人の心の発達段階を研究した心理学者)の段階3(周囲に合わせる自己。世人や他者の期待への埋没)から段階4(自分の基準を持つ自己。自ら選ぶ)への移行の記述と極めて近いものです。実存主義は、段階4の哲学的マニフェストと読めます。
フランクルの態度価値は、段階5(自分の枠組みを相対化できる自己)的です。変えられないものを抱える、という態度だからです。
発達段階マップでは、器(実践を運営する自己のあり方)=4、目標(目指す自己のあり方)=4です。なお、高い段階ほど良いという読み方はしません。
【副産物として待つ/意味を設計する】型です。幸福を目標にせず、意味を見出すことの結果として幸福が「後からついてくる」設計です。
フランクルのロゴセラピー(創造価値・体験価値・態度価値)は、変えられない状況での介入に直接使えます。MLQ(意味の所在/探求)は、測定ツールとして確立しています。
安全装置明示的な安全装置を欠く
安全装置のタグは「無」(安全装置なし)です。本来性の追求は、制度や共同体に委ねられず、各人の選択に帰されます。実践体系がないため、安全装置もありません。
フランクルの意味療法(ロゴセラピー)は例外で、臨床の枠組み(治療者の監督)を持っています。
誤解されやすい点
①「実存主義は幸福を否定した」は通俗的な理解です。正確には「幸福を人生の目的として定立することを退けた」のです。マップ上では「幸福を目的から副産物へ格下げした」と書くのが正確です。
②Eigentlichkeit「本来性」の訳の問題です。日本語の「本来性」は「本来あるべき姿」=本質主義を連想させます。しかしハイデガーのeigentlichは、むしろ「自分固有のもの」であり、本質の実現ではありません。訳語が実存主義の核心と正反対の印象を与えかねません。
③l'absurde「不条理」の訳の問題です。日本語の「不条理」は理不尽・不公正という含みを帯びます。しかしカミュのabsurdeは、意味を求める人間と沈黙する世界との乖離そのものを指す関係概念です。
④邦題『夜と霧』は原題とは無関係です。ナチスの「夜と霧命令」に由来する、日本独自の題です。
⑤「実存主義は個人主義的で社会性がない」という誤解があります。ボーヴォワール、後期サルトル、メルロ=ポンティ(モーリス・メルロ=ポンティ。フランスの哲学者)は、自由の社会的な媒介を主題化しています。
学者の間で議論があること
①【最重要】幸福と意味の関係です。カミュ(「シーシュポスは幸福だと想像しなければならない」)とフランクル(意味の帰結としての幸福)は幸福を回復するのに対し、ハイデガーとサルトルは幸福概念をほぼ主題化しません。これは実存主義内部の最大の分岐であり、実存主義を一枚岩で扱わないことが必須です。
②無神論的実存主義(サルトル、カミュ)か、有神論的実存主義(キルケゴール、ヤスパース〔カール・ヤスパース。ドイツの哲学者・精神科医〕、マルセル〔ガブリエル・マルセル。フランスの哲学者〕)か。
③ハイデガーは実存主義か。ハイデガーは『ヒューマニズム書簡』で、サルトル的な実存主義を明確に拒否しました。
④カミュとサルトルの論争です。1952年、『反抗的人間』をめぐって二人は決裂しました。
⑤フランクルは実存主義か。ロゴセラピーは意味の客観性(意味は発明されるのではなく発見される)を主張する点で、サルトル的な「意味は創造される」という説と対立します。
こんなときに:人生の意味が分からず、不安に飲み込まれそうなとき。意味は与えられるものではなく自分で作ると考えたい人に。
小さな入口:不安を消そうとせず、「この不安は、自分が自由であることの証拠だ」と一度言い直してみる。そのうえで小さな選択を一つ、自分で引き受ける。
この思想が出てくる悩み:「何のために生きているのか分からない。空しい」
判定が近い思想:ポジティブ心理学2.0・プラトン・エピクロス派 → 思想の近さマップ
実存は本質に先立つ。
人間にはあらかじめ与えられた本質も目的もない。幸福の定義すら自分で作るしかないという実存主義の出発点。
人間は自由であるよう宣告されている。
自由は恵みではなく重荷。それから逃げる自己欺瞞こそが、実存主義の見る「善き生の妨げ」。
人からすべてを奪うことができても、ただ一つ奪えないものがある。与えられた状況のなかで自分の態度を選ぶという、人間の最後の自由である。
強制収容所の体験から導かれた「態度価値」。状況を変えられなくても、それにどう向き合うかは選べる。
私は反抗する、ゆえに我々は在る。
デカルトのもじり。不条理への反抗が「私」を「我々」へ開く——実存主義における他者・連帯の契機。
シーシュポスは幸福なのだと想像しなければならない。
永遠に岩を押し上げる刑罰の中にさえ幸福はありうる。頂上への闘いそのものが心を満たすという、不条理の幸福論。
主な典拠:Kierkegaard, Frygt og Bæven (1843)、『死に至る病』(1849)/Heidegger, Sein und Zeit (1927)(不安・das Man・死へ臨む存在)/Sartre, L'Être et le Néant (1943)、『実存主義とは何か』(1946)「実存は本質に先立つ」/Camus, Le Mythe de Sisyphe (Gallimard, 1942) 末尾「Il faut imaginer Sisyphe heureux」(執筆完了1941年と刊行1942年は区別すべき)/Camus, L'Homme révolté (1951)/Beauvoir, Pour une morale de l'ambiguïté (1947)/Frankl, Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager (Wien, 1946)/英訳 Man's Search for Meaning (Beacon Press, 1959)
参考文献:Existentialism, Stanford Encyclopedia of Philosophy/Haybron, D. M., Happiness, SEP(意味と幸福の区別について)/Steger, M. F. et al. (2006) The Meaning in Life Questionnaire, Journal of Counseling Psychology 53(1): 80-93
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