不昧因果
因果をくらまさない。悟った人も因果の法則の外に出るのではなく、因果を明らかに見て、その只中を生きる。
出典の物語
百丈(ひゃくじょう)が説法をするたびに、一人の老人が修行僧にまじって聞いていた。ある日、老人が百丈に打ち明けた。「私は人間ではありません。はるか昔、この山の住職をしていたとき、修行者に『悟った人も、因果(原因と結果の法則)に縛られますか』と聞かれ、『縛られない(不落因果)』と答えました。そのために五百回、キツネに生まれ変わっています。どうか、私を救う一言をください」。そして同じ問いを百丈に向けた。「悟った人も、因果に縛られますか」。百丈は答えた。「因果をごまかさない(不昧因果)」。老人はその場で悟り、「キツネの体から抜け出せました。裏山に亡骸がありますので、お坊さんの礼で葬ってください」と告げた。百丈が僧たちと裏山へ行くと、岩陰にキツネの死骸があり、それを火葬した。「因果に縛られない」は、悟った人は因果の法則を超えている、という答え。「因果をごまかさない」は、悟った人は因果をはっきり見て、それから目をそらさない、という答えである。一字の違いだが、前者は因果からの逃げであり、後者は因果の引き受けである。
出典:『無門関』第二則「百丈野狐」/『従容録』第八則
ウェルビーイング研究とのつながり
権力を持つと、他者の視点を取る力が低下し、自分の行動の結果を軽く見積もりやすくなることが示されている(Galinsky et al., 2006; Keltner, Gruenfeld & Anderson, 2003)。また、権力のある人ほど、他人には厳しい道徳基準を課しながら自分には甘くなる「偽善」が生じやすい(Lammers, Stapel & Galinsky, 2010)。「自分は因果の外にいる」という不落因果の心理は、権力がもたらすこうした認知の歪みそのものである。
現代の暮らし・仕事への示唆
成功した人、力を持った人が「自分は特別だ」「自分にはルールは適用されない」と思い始めたとき、転落が始まる。不落因果は、まさにその心理である。不昧因果は、どれほど悟っても、どれほど成功しても、自分の行いの結果は自分に返ってくるという事実から目を逸らさない。これは因果応報の脅しではなく、自分の行為に対する誠実さの話である。研究でも、権力が共感を低下させ、規範意識を鈍らせることが示されている。地位が上がるほど、因果をくらまさない意識が要る。自分の行いの結果を、きちんと引き受ける。それが野狐から人に戻る道だ。
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