面壁九年
達磨が少林寺で九年間、壁に向かって坐り続けた。長い沈黙と孤独に耐え、ただ坐り抜く不屈の修行。
出典の物語
皇帝の武帝に理解されなかった達磨大師は、長江を渡って北の国へ行き、嵩山(すうざん)の少林寺にこもって、九年の間、壁に向かって坐禅をしたと伝えられる。「面壁(めんぺき)」は壁に向かうこと。記録には「一日じゅう壁に向かって黙って坐り、誰にもその意図は測れなかった。人々は彼を『壁を見つめる修行者』と呼んだ」とある。この九年の間に、雪の中で入門を願い、自分の腕を切り落とした慧可(えか)が弟子となり、「その不安な心を持ってきなさい」の問答が交わされた。「九年」という数は象徴的なもので、正確に九年だったかどうかより、達磨が誰にも理解されないまま、ただ坐り続けたという事実の重みが、この言葉の核心である。「壁観」については、壁のように動じない心で真理を見つめること、という解釈もある。達磨は中国に禅を伝えに来たが、最初の出会い(武帝)は失敗に終わり、その後の九年は沈黙だった。しかしその沈黙の中から一人の弟子が生まれ、そこから中国の禅のすべてが始まった。だるま人形に手足がないのは、九年の坐禅で手足が腐ってしまったという伝説による。
出典:『景徳伝灯録』巻三/『碧巌録』第一則 評唱(達磨の伝承)
ウェルビーイング研究とのつながり
長期的な目標への情熱と粘り強さを指す「グリット」は、学業や職業上の達成を予測する要因として注目された(Duckworth et al., 2007)。ただし、その後のメタ分析では、グリットの予測力は従来の誠実性の尺度とほとんど重なり、独自の寄与は限定的であることが示されている(Credé, Tynan & Harms, 2017)。粘り強さが持続するためには、外からの圧力ではなく、活動そのものへの内発的な意味づけが必要だという自己決定理論の知見(Ryan & Deci, 2000)のほうが、「報われるかどうかに関係なく坐る」達磨の姿勢には近い。
現代の暮らし・仕事への示唆
成果がすぐに出ないとき、誰にも理解されないとき、人は焦って動き回るか、諦めてやめるかのどちらかに傾く。達磨は、どちらもしなかった。壁に向かって、坐り続けた。研究でも、長期的な成果を上げる人の特徴として、情熱と粘り強さ(グリット)が繰り返し指摘されている。しかし面壁九年は、根性論とは違う。達磨は「九年頑張れば報われる」と思って坐っていたのではない。報われるかどうかに関係なく、坐るべきだから坐っていた。そういう坐り方だけが、九年続く。あなたの壁は何か。それに向かい続ける理由は、成果の外にあるか。
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