第5章 | 伝える・支える・和 | 14語
人とつながる
禅は孤独な修行に見えて、師と弟子、修行者同士、そして街の人々との関わりの中で営まれてきた。「拈華微笑」「啐啄同時」「和敬清寂」「和顔愛語」。言葉を超えて伝わるもの、機が熟す瞬間、分け隔てなく人を迎える心。この章には、人と人のあいだに生まれる禅を集めた。
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拈華微笑
ねんげみしょう
釈尊が花を拈(ひね)り、迦葉(かしょう)がほほえんだ。言葉を介さず、心から心へ伝わるもの。禅の起源とされる場面。
66 以心伝心
いしんでんしん
心をもって心に伝える。言葉や文字では届かない核心を、心から心へ直接に伝えること。
67 不立文字 教外別伝
ふりゅうもんじ きょうげべつでん
文字を立てず、教えの外に別に伝える。真理は経典や言葉の中にではなく、それを超えたところで、人から人へ伝わる。
68 啐啄同時
そったくどうじ
雛が内から殻をつつく(啐)のと、親鳥が外から殻をつつく(啄)のが、同時に起こる。師と弟子、与える側と受け取る側の機が、ぴたりと合うこと。
69 和敬清寂
わけいせいじゃく
和らぎ、敬い、清らかで、静か。茶の湯の心を四字に尽くした語。人と人の在り方、場の在り方の理想。
70 和顔愛語
わげんあいご
和やかな顔と、慈しみのある言葉。何も持たなくても、誰にでもできる最も身近な布施。
71 和光同塵
わこうどうじん
自分の光(才能・悟り)を和らげ、塵(世俗)と同じになる。悟りを誇らず、人々の中に溶け込んで生きる。
72 入鄽垂手
にってんすいしゅ
街に入って、手を垂れる。悟りを得た人が、ふたたび俗世の雑踏に戻り、人々とともに生きる。修行の最終段階。
73 老婆心切
ろうばしんせつ
老婆のように、くどいほど親切な心。師が弟子を思うあまり、本来言わなくてよいことまで言ってしまう、過剰なほどの慈悲。
74 一挨一拶
いちあいいっさつ
一度押し、一度迫る。師と弟子、修行者同士が、言葉や振る舞いで互いの力量を探り合うこと。「挨拶」の語源。
75 把手共行
はしゅきょうこう
手を取り合って、ともに行く。師と弟子、仏と自分が一つになって歩む。あるいは、仲間と手を携えて道を行く。
76 天地同根 万物一体
てんちどうこん ばんぶついったい
天地は私と同じ根から生じ、万物は私と一つの体である。自分と世界が分かたれていないという実感。
77 一切衆生 悉有仏性
いっさいしゅじょう しつうぶっしょう
生きとし生けるものは、ことごとく仏性をもっている。誰の中にも、仏となる種子がある。道元はこれを「悉有は仏性なり」と読み替えた。
78 直心是道場
じきしんこれどうじょう
まっすぐな心、それが道場である。修行の場は特別な建物の中ではなく、偽りのない心のあるところにある。