スマック・カウサイ
大地(パチャママ=母なる大地)と共同体と釣り合いながら、満ち足りた生(スマック・カウサイ=アンデス先住民の「良く生きる」)を共に生きること
南米アンデスの先住民の言葉で「充ち足りた生」。経済成長ではなく、人間・共同体・自然が釣り合った状態を目指す。エクアドルの憲法はこれを国の目標に掲げ、自然そのものに権利を認めた世界初の例になった。ただし憲法に書いた同じ国が資源開発を進めた矛盾や、「先住民の概念を西洋の学者が勝手に再解釈した」という批判もある。
南米アンデス地方(エクアドル・ボリビア・ペルー)の先住民、キチュアやアイマラの人々の「充ち足りた生」の概念。2008年のエクアドル憲法、2009年のボリビア憲法が国家の目標として採用し、自然に権利を認めたことで世界的に注目された。経済成長に代わる発展モデルとして脱成長論でも参照される。
どれくらいの人が信じているか、学んでいるか
人数では表現できません。エクアドル(人口約1,800万人)とボリビア(約1,200万人)の憲法に組み込まれていますが、それは「国民全員が信奉している」ことを意味しません。
注意点があります。国家の発展モデルの語彙として採用されているという事実と、先住民共同体における実践の広がりは、別のことです。
スマック・カウサイ(sumak kawsay。キチュア語で「充ち足りた生」)は、南米アンデス地方(エクアドル、ボリビア、ペルー)とアマゾン低地の先住民の言葉です。sumak は「充溢・調和・見事さ」、kawsay は「生・生きること」を意味します。クエスタス=カサ(Javier Cuestas-Caza。エクアドルの研究者)は2018年の論文でこれを「充溢した生(Life in Plenitude)」と訳し、「調和し、充ち足り、それゆえ美しい生を、個人・家族・共同体の各層で生きること」と説明しています。
関連する言葉がいくつかあります。アリ・カウサイ(alli kawsay。キチュア語)については、クエスタス=カサは、いわゆるブエン・ビビールの生態的・社会的な原理にはむしろこちらの語が対応すると論じています。スマ・カマーニャ(suma qamaña。アイマラ語。ボリビアなどの先住民の言語)は、大地パチャママと宇宙と調和して生きること、という意味です。グアラニー語(パラグアイなどの先住民の言語)にはニャンデ・レコ(ñande reko)があります。アイニ(ayni。ケチュア語で互酬。労働・財・儀礼的供犠の相互的な贈与と返礼)は、実践を支える概念で、対になる概念に共同労働のミンカ(minka)があります。パチャママ(Pacha Mama。アンデスの「母なる大地」)は、エクアドルの2008年憲法第71条で法的な主体として明記されました。
善い生とは何でしょうか。経済成長や個人の効用の最大化ではなく、人間・共同体・自然が互いに釣り合った状態で、生が充溢していることです。クエスタス=カサの説明では、それは個人・家族・共同体という三つの層で同時に成り立つ「調和し、充ち足り、それゆえ美しい生」です。実践的には、これはアイニ(互酬)によって支えられます。与えたものは必ず返され、労働も儀礼も一方通行では成立しません。
エクアドルの2008年憲法は、これを国家の目標として引き受けました。前文で「スマック・カウサイ、善き生に到達するため」と述べ、第71条で自然(パチャママ)に「存在し、その生命循環を維持し再生する権利」を認めています。つまりここでは、幸せが権利論の言葉に翻訳され、自然が権利の主体に格上げされています。この点が世界的に例外的です。ただし、憲法化そのものが最大の論争点でもあります。
幸せを妨げるもの
幸せを妨げるものは、釣り合いの崩壊です。具体的には、採掘産業(石油・鉱山)による土地と水の破壊、単線的な「開発(desarrollo。スペイン語で発展・開発)」モデルの押し付け、共同体の解体、そして互酬関係が貨幣化されること(与え合いが金銭のやりとりに置き換わること)です。
共同体・対話儀礼・祭祀制度・政策
何をするのか。アイニによる労働と財の相互交換、ミンカ(共同労働)、大地への供物、共同体の合議、土地の共同管理です。国家のレベルでは、憲法化と、国家発展計画(Plan Nacional para el Buen Vivir。エクアドルの「ブエン・ビビールのための国家計画」)があります。
幸せはどこで実現するのか。共同体と自然(パチャママ)を含む関係の総体の中です。個人の内面には位置づけられません。
いつ実現するのか。世代間で、です。自然の「生命循環の維持と再生」という憲法上の定式が、未来世代への責任を法的に表現しています。
「私」と世界の境目
「私」は、共同体的・関係的な存在として考えられます。この思想は関係型のうち「拡張型」(主体を人間の外へ広げる型)にあたります。人・共同体・自然(パチャママ)の釣り合いが問題になり、自然が法的な主体に格上げされます。
ただし、ウブントゥ(南部アフリカの「人であること」をめぐる考え方)の文献との大きな違いがあります。スマック・カウサイの文献は、人格論としてよりも、社会経済モデル論として展開されている点です。「私とは何か」よりも「どのような社会を作るか」が主題になっています。
境遇(運)と、努力か贈与か
境遇と幸せの関係は「非独立」です。土地・生態系・開発政策という条件に、幸せは全面的に依存すると考えるからです。
努力か贈与かという軸では「互酬」です。アイニ、すなわち贈与と返礼の循環がそれにあたります。一方向の贈与でもなく、自力だけでもありません。与えたものは必ず返される、という循環が前提です。
苦しみの位置
苦しみは、釣り合いが崩れた結果として位置づけられます。資源開発による環境破壊が、具体的な苦しみの源泉として名指されます。苦しみは個人の心の問題としてではなく、人間・共同体・自然の間の均衡が損なわれたことの表れとして語られます。
目盛りの定義は 17のマップ の各「目盛りの定義」を参照。
ヘドニア/エウダイモニア、三分類の枠組み
ヘドニア(快と満足としての幸福)とエウダイモニア(人間としての機能の発揮としての幸福)の軸では、エウダイモニア寄りです。ただし、担い手が個人ではなく「人+自然の共同体」である点で、アリストテレスの枠を超えています。加えて、ブエン・ビビールは脱成長(経済成長を目標にしない社会のあり方)や反開発主義の政治的な言説でもあります。「幸福論」として読むと、その政治的な射程が落ちてしまいます。この軸に載せるなら、「そもそもこの概念は個人の心理状態ではなく、開発モデルの代替案として提出された」という注記が必須です。
快楽説・欲求充足説・客観的リスト説の三分類では、客観的リスト説(本人の感じ方によらず良いものの一覧があるとする説)に近いです。ただし、リストの担い手に自然が含まれる点で、人間中心の三分類の枠を超えています。
前野4因子との相性(やってみよう=△ ありがとう=◎ なんとかなる=△ ありのままに=○)
前野隆司(幸福学の研究者)の4因子との相性です。「ありがとう」因子(つながりと感謝)は◎(非常に相性がよい)です。アイニ、すなわち互酬が中心だからです。「ありのままに」因子(独立と自分らしさ)は○(相性がよい)です。「なんとかなる」因子(前向きと楽観)は△(部分的に重なる)、「やってみよう」因子(自己実現と成長)も△です。
ただし、4因子は個人の心理特性の枠組みです。開発モデルの代替案としてのブエン・ビビールとは次元が異なります。
生きとし生けるものの幸せ(◎ 中心に置く)
人間以外の存在への配慮は◎(最大限)です。パチャママがエクアドル憲法第71条で権利の主体とされています。これは「自然の権利(Rights of Nature。自然そのものに法的権利を認める考え方)」の世界初の憲法化です。自然は配慮の対象にとどまらず、権利をもつ主体として位置づけられています。
研究でどこまで確かめられているか
証拠の量は「少」です。研究の中心は法学と開発研究であり、心理学的な幸福研究はほぼありません。
研究されているのは、自然の権利(Rights of Nature)の法学研究、脱成長(degrowth)研究、代替的な開発指標(GDPに代わる指標)の設計、そしてエクアドル憲法裁判所の判例研究です。いずれも、思想そのものの心理的効果を測るものではなく、思想が国家制度に翻訳された部分(憲法・政策)を対象にしています。世俗化された技法として切り出されたものではなく、法制度と政治言説としての研究です。
どこから来て、どこへ流れたか
どこから来たか。アンデスの互酬経済とパチャママ信仰、そして先住民組織の政治運動です。エクアドルの先住民組織CONAIE(エクアドル先住民族連合)がその代表です。口承と共同体の実践が基層で、文書化された典拠は、先住民組織の政治文書、エクアドル2008年憲法とボリビア2009年憲法、そして1990年代以降の学術文献です。
どこへ流れたか。エクアドル2008年憲法とボリビア2009年憲法、脱成長論(グディナス Eduardo Gudynas、アコスタ Alberto Acosta らウルグアイ・エクアドルの研究者)、自然の権利の法学、そしてラテンアメリカの「開発の代替」論へと流れています。
発達段階論から見ると
キーガン(Robert Kegan。成人の心の発達段階を研究した心理学者)の段階論から見るとどうでしょうか。スマック・カウサイは開発モデルの代替案であり、個人の発達段階を問いません。ラルー(Frederic Laloux。組織論の著者)の言う「ティール」(全体性や自然との調和を特徴とする組織の段階)と表面的には似ています。しかし、ティール組織論が個人の発達を前提とするのに対し、こちらは共同体と自然の釣り合いを法制度化するものです。
そのため、「器(実践を運営する自己のあり方)」と「目標(目指す自己のあり方)」はいずれも指定されていません(マップでは「−」)。なお、高い段階ほど良いという読み方はしません。
現代の言葉に翻訳すると、型は【関係を結び直す(自然を含む)/制度で供給する】です。人間・共同体・自然の釣り合いを国家目標として法制化した設計です。自然の権利の憲法化は、「幸福の主体に自然を含める」制度設計の実例です。
ただし、憲法化と資源開発の矛盾があります。これは、ウェルビーイングを政策目標に掲げるあらゆる社会に構造的に生じうる問題として読むべきだとされます。
安全装置共同体の相互監視制度・法・専門職倫理
タグは「共・制」です。「共」は共同体による支え、「制」は制度や法律による裏づけを意味します。
具体的には、共同体(アイユ。アンデスの伝統的な共同体の単位)の合意と互酬、そして憲法への明文化(エクアドル2008年、ボリビア2009年)です。
一方で、国家による制度化が先住民共同体の自律を損なう危険は、当事者から指摘されています。
誤解されやすい点
①最大の注意点は、スマック・カウサイとブエン・ビビールを同義として扱わないことです。クエスタス=カサの論文全体がこの点に充てられています。日本語では「スマック・カウサイ(キチュア語の概念)」と「ブエン・ビビール(その国家的・学術的な再解釈)」を別の言葉として立てるべきです。
②「善く生きる」という日本語訳は、アリストテレスの「エウ・ゼーン(εὖ ζῆν。ギリシャ語で「よく生きる」)」を思い起こさせますが、別系統の概念です。
③パチャママを「母なる自然」と訳すと、法的な主体としての位置づけが消えてしまいます。
④アイマラ語のスマ・カマーニャと、キチュア語のスマック・カウサイを混同しないでください。
学者の間で議論があること
①最も重要なのは、「スマック・カウサイはブエン・ビビールではない」という主張です。クエスタス=カサの2018年の論文「Sumak Kawsay is not Buen Vivir」(『Alternautas』5巻1号)は、ブエン・ビビールは先住民概念を西洋のアカデミアが再解釈したものであり、先住民共同体との真の対話を欠いたまま、脱開発論者や政治アクターに取り込まれた、と論じています。
②憲法化と、その後の資源開発の矛盾です。スマック・カウサイと自然の権利を憲法に書き込んだエクアドルが、同時に石油・鉱物開発を進めたこと(ヤスニ-ITT構想。アマゾンの油田開発を見送る代わりに国際社会から資金を募ろうとした計画をめぐる経緯を含む)は、この思想をめぐる最も鋭い矛盾です。
③理論家の内部の違いです。アコスタ、マカス(Luis Macas)、ワナクニ(Fernando Huanacuni)、メディナ(Javier Medina)、グディナス、ラミレス(René Ramírez)など、「ブエン・ビビールとは何か」について合意は存在しません。
④誰が定義する権利を持つのか。先住民組織(CONAIEなど)と国家と国際的な脱成長論壇の三者が、概念の所有権を争っています。
こんなときに:経済的な豊かさを追っても、どこか釣り合いが崩れているとき。大地と共同体と釣り合って生きたい人に。
小さな入口:「足りているか」を、所有の量ではなく、大地・共同体・自分の三者の釣り合いで一度測ってみる。
この思想が出てくる悩み:「自然や土地から切り離されている感じがして、どこか落ち着かない」
自然との多様性と調和のなかで新しい市民的共生のかたちを築き、善き生、スマック・カウサイに到達することを、私たちは決意する。
先住民の概念を国家目標として憲法前文に置いた例。幸福の定義が権利と制度の言語に翻訳された瞬間
生命が再生産され実現される場である自然すなわちパチャママは、その存在と、生命循環・構造・機能・進化過程の維持と再生とを、全面的に尊重される権利をもつ。
自然を権利主体として憲法に書いた世界初の条文。善き生の担い手に人以外を含める思想の法的表現
怠けるな、嘘をつくな、盗むな。良く生きよ(スマ・カマーニャ)。
アンデスに伝わる三戒(ama qhilla, ama llulla, ama suwa)が「良く生きる」と並べて憲法に採られた。実践の戒律と幸福観が一体
今日はあなたのために、明日は私のために。
ayni(労働・財・儀礼の贈与と返礼)を一言で表す常套句。与えたものは必ず返るという釣り合いの倫理
他の人々が悪く生きているなら、また母なる大地を傷つけているなら、人は良く生きることができない。
アイマラの当事者思想家による一文。幸福の単位が個人ではなく共同体と自然を含む全体であることを明言
主な典拠:口承と共同体実践が基層。文書化された典拠は①先住民組織の政治文書 ②エクアドル2008年憲法(前文に"to achieve the good way of living, the sumak kawsay"、第71条にPacha Mamaの権利)・ボリビア2009年憲法 ③1990年代以降の学術文献
参考文献:Cuestas-Caza, J. (2018) Sumak Kawsay is not Buen Vivir, Alternautas 5(1): 51-66(エクアドルの研究者による当事者地域からの批判)/Gudynas, E. (2011) Buen Vivir: Today's tomorrow, Development 54(4): 441-447, DOI 10.1057/dev.2011.86/Constitution of the Republic of Ecuador (2008), 前文・第71条/Bielefeld University CIAS, Buen Vivir, Sumak Kawsay(理論家の系譜と批判の整理)
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