世界の思想と宗教の幸福観マップ

各思想からの悩み相談30 ・ お金・将来 25/30

お金が不安で仕方がない

この悩みの形

お金の不安には、二つの顔があります。一つは、実際に足りない不安。家賃、借金の督促、来月の支払い。もう一つは、足りているはずなのに消えない不安。老後の数字、万一の病気、周りとの比較。多くの場合、この二つは混ざっていて、どちらが本体なのか本人にも区別がつきません。区別がつかないまま、夜に数字を数えてしまう。それがこの悩みの形です。

現代の標準的な答えは「稼ぐ力をつけろ」「投資を学べ」、そして「お金は気の持ちよう」です。本マップの目盛りで見ると、「気の持ちよう」は、幸せが境遇(運)から独立していると見る伝統の一角だけを切り出した言葉です。ところが、幸せは境遇に左右されると認める伝統ほど、制度や互酬(互いに与え合うこと)の仕組みを発達させてきました。ユダヤ教のツェダカー、イスラム教のザカート、シク教のランガル、アンデスのアイニ、そして現代のケイパビリティ・アプローチ。つまり多数派の伝統は、お金の不安を心の問題にする前に、分配の問題として扱っています。

だから順番があります。先に「実際に足りているか」を制度の目で確かめる。そのうえで、足りているのに消えない不安のほうに、伝統の言葉を当てる。この順で置いていきます。

先に言っておきたいこと

「足るを知る」「知足」を、実際の困窮を我慢する理由にしないでください。新儒教の周敦頤でさえ、顔回は貧を楽しんだのではないと明言しています。家賃が払えない、食費を削っている、督促が来ている状態は、構えの問題ではなく制度の対象です。生活保護は権利であり、債務整理は法的な手続きです。また、「お金は気の持ちよう」という言葉で、相談窓口に向かう足を止めないでください。もう一つ、不安につけ込む「必ず儲かる投資」「副業で月○万円」という勧誘は、この悩みを標的にしています。伝統の言葉は、不安を一人で抱えないためのものであって、現実の不足を消すものではありません。

各思想からの答え

制度・集計型——まず、実際に足りているかを確かめる

ケイパビリティ・アプローチ

センは、人が自分の状況に抱く心の反応には、しばしば過酷な現実との妥協が含まれている、と書きました

(『Commodities and Capabilities』1985)。長く足りない状態にいると、要求水準を下げて「まあ大丈夫」と感じてしまう(適応的選好)。だから本人の感じ方では剥奪が見えません。測るべきは、実際に選べる生き方の幅です。この型の実践は、構えではなく制度です。生活困窮者自立支援制度の自立相談支援機関(市区町村・福祉事務所の窓口)は、家計改善・就労・住居確保給付金の相談を無料で受けています。借金は法テラス、悪質商法や多重債務は消費生活センターへ。窓口を使うことが、この型の最も正統な実践です。

アリストテレス

『ニコマコス倫理学』に「幸福は明らかに外的な善をも必要とする。資力がなければ、立派な行為をなすのは不可能か、少なくとも容易ではないからだ」とあります(第1巻第8章)。西洋の幸福論の出発点にいる人が、深刻な欠乏は幸福を実際に損なう、とはっきり言っているのです。お金の不安は、心が弱いから起こるのではありません。幸せの条件の一つが揺れているから起こる、まっとうな反応です。

除去・回復型——「必要なもの」に絞る

エピクロス派

欲望を三つに分けます。必要で自然なもの(食事・住まい・安全・一人の友)、自然だが不要なもの、どちらでもないもの。富は三つ目で、限界のない欲望です。エピクロス自身はパンと水を常食とし、チーズ一かけらを贅沢と呼んだと伝えられます。あなたの不安が、一つ目の欲望が脅かされている不安なのか、二つ目三つ目の不安なのか、分けてみてください。一つ目が守られているなら、あなたはすでに足りています。

仏教(上座部)

『ダンマパダ』204偈に「健康は最上の利得、足るを知ることは最上の財、信頼できる人は最上の親族」とあります。渇愛(かつあい。止まらない「もっと欲しい」)のうち、有愛(うあい。将来も存在し続けたいという渇き)が、老後の数字の形をとって未来に投影されることがあります。数字を見た瞬間に「今、追いかけているな」と気づく。それだけで、不安と渇きが分かれて見えることがあります。

道家(老荘)

『老子』第44章に「名と身と孰れか親しき。身と貨と孰れか多き。……足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆うからず」とあります。貨(財)と身(自分の命)のどちらが大切か、という問いです。道家は、外のものに自分が従属することを妨げと見ます。数字を増やす作為が、身を削っていないか。止まるところを知ることは、怠けではなく自分を守る知恵です。

イスラム教

ハディースには、富とは財の多さではなく魂の充足だ、という言葉があります(『サヒーフ・ブハーリー』6446)。同時にこの伝統は、ザカート(浄財。語根は「清める」)を義務とし、財産の保護を法の目的の一つに数えます。財を軽んじるのでも、独占するのでもなく、清めて回す。富の不安を一人で抱えず、循環の中に置く発想です。

新儒教

新儒教は、貧しい暮らしの中で顔回(がんかい。孔子の最も優れた弟子)が何を楽しんだかを、千年近く問い続けた学派です。周敦頤は、顔回は貧を楽しんだのではなく、至って貴く愛すべきものの大きさを見て小を忘れたのだ、と述べています。貧富に左右されない楽がある、というのがこの答えですが、貧しさそのものが善いのではありません。外の条件が悪い日に、それでも残っている静かな楽しみを一つ、名前をつけて数えてください。

贈与・応答型——分かち合いの輪の中に置く

ユダヤ教

『ミシュナ』アヴォートに「誰が富める者か。自分の取り分を喜ぶ者だ」とあります(4:1)。そしてツェダカーは、語根が「正義」であって「慈善」ではありません。義務としての再分配です。与える側が偉いのではなく、受け取る側が恥なのでもない。足りない人が受け取ることは、正義の一部です。助けを受けることを、施しではなく正義として受け取ってください。

シク教

グル・ナーナクは、働いて得たものを食べ、その中から手ずから人に与える者こそが道を知っている、と説きました。ランガル(全員が床に同席して同じものを食べる共同厨房)は、施す者と施される者の区別をなくす仕組みです。正直に働く、分かち合う、祈る、という三本柱は、どれか一つだけでは回りません。お金を、稼ぐ・使うの二項から、回す、へ置き換える発想です。

仏教(浄土)

「自分で何とかしなければ」「人に迷惑をかけられない」という自力の疲れが、お金の不安を一人で抱え込ませます。人は凡夫(ぼんぶ。欲や迷いを断てない弱い存在)であり、そのままで救われている、とこの伝統は言います。「自分で何とかする」という前提を一日だけ外し、すでに受け取っているものを一つ数えてください。相談窓口に行く足は、その安心から軽くなります。

関係構成型——お金の代わりになるのは、関係の網

Ubuntu

ウブントゥの伝統には、シスルに帰されるという「二頭の牛を持っていたら」の寓話があります。権利ではなく必要に応じて分ける、という考え方です。この伝統では、関係の網そのものが安全網です。孤立は、お金の不安を倍にします。金額が変わらなくても、困ったときに言える相手が一人いるかどうかで、不安の形は変わります。

アフリカ哲学の共同体主義

ガーナのアカンの格言に「人には助けが要る」があります(哲学者ジェチェが引用)。この伝統では、人格は生まれつきではなく共同体の中で達成されるものであり、相互扶助(労働の交換など)がその実践です。また、経済的な不平等という構造的な不正義そのものを、幸せの妨げとして正面から主題にします。助けを求めることは人格の欠陥ではなく、人格の条件です。一人で抱えることのほうが、この伝統から見れば不自然です。

スマック・カウサイ

アンデスの先住民の「充ち足りた生」は、所有の量ではなく、大地・共同体・自分の三者の釣り合いで測られます。アイニ(今日はあなたのために、明日は私のために、という労働と財の互酬)がその実践です。互酬が貨幣に置き換わることを、この伝統は釣り合いの崩壊と見ます。「足りているか」を、口座の数字ではなく、誰と何を回しているかで一度測ってみてください。

儒教(原始)

『論語』述而篇で孔子は、粗末な食事と水と、肱を枕にする暮らしにも楽しみはあり、不義によって富み貴くなることは浮雲のようだ、と述べています。儒教には二層構造があります。徳の楽は自分の領域、富や寿命(福)は天命の領域です。自分の領域でないものを自分の責任にすると、人は疲れます。働き方と人との関係は自分の領域、景気と運は天の領域です。

認識転換型——不安の中身を分ける

ストア派

自分次第のものと、そうでないものを分けてください。景気、物価、会社の業績は自分次第ではありません。自分次第なのは、支出の判断と、相談に行くかどうかです。ストア派にはまた、将来の悪をあらかじめ思い描く訓練があります。「もし失ったら」を漠然と恐れるのではなく、実際に何が起きるかを具体的に書いてみる。具体化した不安は、漠然とした不安より小さいことがあります。

日本の伝統——境遇そのものに働きかける

仏教(日蓮)

日蓮の伝統は、貧しさや病を動かせない前提とせず、正しい教えによって転換される対象と見ます(立正安国)。個人の信仰と国土の安穏は切り離せない、という型です。これを引きつけると、お金の不安は個人の内面の問題ではなく、社会の仕組みの問題でもあり、働きかけてよいものです。日蓮は困窮した女性信者への手紙で、冬が秋に戻ることはなく、冬は必ず春になる、と書き送りました(『妙一尼御前御消息』1275)。

今日からできる三つのこと

試すなら、この中から一つ。伝統の実践(瞑想・行・祈り)の代わりではなく、考え方に触れるための小さな入口です。

  1. 不安を「実際に足りない」と「足りているのに不安」に分けて、紙に書く。前者があるなら、窓口に行く日を決める(ケイパビリティ・アプローチ)
  2. 一週間の支出を、必要で自然なもの、自然だが不要なもの、どちらでもないものに分ける。一つ目が守られているかだけを見る(エピクロス派)
  3. 困ったときに言える相手を一人、名前で書く。いなければ、窓口の名前を書く(Ubuntu)

こういうときは専門家へ

家賃や光熱費が払えない、食費を削っている、収入が途絶えた。お住まいの市区町村の自立相談支援機関(生活困窮者自立支援制度。福祉事務所や市役所の福祉窓口で案内されます)が、家計改善・就労・住居確保給付金の相談を無料で受けています。生活保護の申請は福祉事務所へ。借金の返済が追いつかない、督促が来ているときは、法テラス(日本司法支援センター。0570-078374)で、収入の条件を満たせば無料の法律相談と、債務整理の手続きが受けられます。悪質商法、サブスクや課金の解約、多重債務は消費者ホットライン188(消費生活センター)へ。督促や不安で眠れない、消えてしまいたいと感じるときは、よりそいホットライン(0120-279-338。暮らしの困りごとも扱います)、いのちの電話、#いのちSOSにつないでください。

つらさが強いとき・「消えてしまいたい」と感じるときは、どうかひとりで抱えないでください。まもろうよ こころ(電話・SNSの相談窓口一覧)/よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・通話無料)。
ひとこと足りないなら制度へ。足りているなら、不安の渇きのほうを見る。

この悩みを含む30の悩みは、PDFでも読めます:各思想からの悩み相談30(PDF)

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