世界の思想と宗教の幸福観マップ

アブラハム系 | 宗教の内部潮流

カバラ・ハシディズム

ユダヤ神秘主義(カバラ・ハシディズム) | 成立:1000〜1800年 | 地域:ヨーロッパ | 規模:少(1,000万未満)
1ひとことで言うと

神への密着(デヴェクート)に至り、この世に隠れている神性を喜びのうちに開く生

神は隠れているが、じつはあらゆる場所に満ちている。幸せとは、その隠れた神性に意識がぴったりと密着し続けること。18世紀に東欧で広まったハシディズムは、これを特別な修行者のものから、日々の食事や労働の中でもできることに変えた。そこでは「喜び」が義務であり、憂鬱こそが最大の敵とされる。

2そもそもどんな思想?

ユダヤ教の中の神秘主義の流れ。12〜13世紀のスペインで体系化された「カバラ」と、18世紀の東欧で生まれた大衆的な信仰復興運動「ハシディズム」を指す。隠れた神の内側の働きを探り、日常の中で神に密着することを目指す。現在もハシディズムの共同体は米国・イスラエルで急速に成長している。人数は百万人規模。

どれくらいの人が信じているか、学んでいるか

ハシディズムの人口は世界で百万人規模とされますが、本調査では権威ある推計を確認できていません。ユダヤ教全体(約1,480万人)の一部です。

ハシディズムの共同体は出生率が高く、米国・イスラエルで急速に増加しているとされますが、統計の基盤が弱いです。また、現代の「カバラ・センター」型の受容者は、歴史的カバラの実践者とは区別すべきです(Hussによる2007年の研究)。

3この思想が言う「幸せ」

カバラ・ハシディズム(ユダヤ教の中の神秘主義の流れ。カバラは12〜13世紀のスペインで体系化された神秘思想、ハシディズムは18世紀の東欧で生まれた大衆的な信仰復興運動)が語る幸せの中心語は、デヴェクート(ヘブライ語で「密着・膠着」。申命記11:22「彼に付き従うこと」に由来)です。これを「合一」と訳すか「交わり」と訳すかが、ショーレム(20世紀のユダヤ神秘主義研究の創始者)とイデル(ショーレムを批判した研究者)の論争の核心になっています。

ほかの重要語も挙げておきます。シムハー(喜び。情緒ではなく、神への奉仕の必須条件かつ様態。対になる概念はアツヴート=憂鬱)。ビトゥール・ハイェシュ(「有」つまり自我の無化。ハバド=知性を重んじるハシディズムの一派の用語)。ヒトラハヴート(燃え上がること、熱狂)。ティクン(修復)・シェヴィラット・ハケリーム(器の破砕)・ニツォツォート(火花)・ツィムツーム(神の自己収縮)というルーリア的宇宙論の四語。そしてアヴォダー・ベガシュミユート(物質性における神への奉仕)です。

この思想で幸せとは、隠された神性との断絶が解かれ、意識が絶えず神に密着している状態(デヴェクート)です。ルーリア(16世紀ツファットのカバリスト、イツハク・ルリア)の宇宙論では、創造の破局によって神的な光の火花が物質界に散乱し、幽閉されているとされます。人間の実践は、それを解放して全体を修復する営みです。したがって幸せは個人の内的な充足であると同時に、宇宙論的な使命の遂行でもあります。

ハシディズムはこれを大衆化しました。特権的な神秘家の技法から、日常の飲食・労働・祈りのただ中で行われる「物質性における奉仕」へと転換したのです。そこでは喜び(シムハー)が到達点であると同時に手段であり、憂鬱は神との密着を断つ最大の障害とみなされます。神は「場所を満たさないところはない」のですから、幸せはどこか別の場所にあるのではなく、いまここの覆いを剥ぐことで開かれます。研究上の分類では「無化・開示モデル」、つまり自我を無化して隠された神性を開く型です。一言でいえば、神への密着(デヴェクート)に至り、この世に隠れている神性を喜びのうちに開く生、ということになります。

幸せを妨げるもの

第一の敵はアツヴート(憂鬱)です。ハシディズムでは、ナフマン・オヴ・ブラツラフ(18〜19世紀のハシディズムの指導者。ブレスロフ派の祖)に帰される「常に喜びのうちにあることは大いなるミツヴァ(戒め)である」という言葉が、その象徴です。

次に、ガシュミユート(粗雑な物質性)に埋没して火花を見ないこと。ケリポート(「殻」。神的な光を覆う悪の外皮)。そしてイェシュ(自我としての「有」)への執着です。

この思想で幸せの反対にあたるものを一言でいえば「不調和・分断」、具体的にはアツヴート(憂鬱)と殻(ケリポート)です。

4幸せに近づく道

瞑想・観想儀礼・祭祀共同体・対話労働・日常

何をするのか。カヴァノート(祈祷時の神秘的観想)、イフディーム(神の名の諸位相を合一させる操作)、ヒトボネヌート(ハバド派の分析的な黙想)、ヒトボデドゥート(ブレスロフ派の、孤独のなかで神に自由に語りかける祈り)、ニグン(言葉のない旋律による高揚)、踊り、物語、ツァディーク(ハシディズムの共同体を導く聖なる指導者。レベとも呼ぶ)への帰依、安息日の第三食における共同体的な高揚。そして、日常の業務を意図によって聖別するアヴォダー・ベガシュミユートです。実践の形としては、瞑想・観想、儀礼・祭祀、共同体・対話、労働・日常が主な柱です。

幸せはどこで実現するのか。超越者(ただし内在化された超越者)と個人の内面の接合点です。カバラは、神の内的な生(セフィロート=神の十の流出の位相)に人間の行為が影響を及ぼすと考えるため、幸せの所在は人間の心理を超えて、神性そのもののうちにあります。ハシディズムでは、これに加えてツァディークを中心とする共同体が決定的です。

いつ実現するのか。「今ここ」への強い前倒しがあります。メシア的完成を待たず、日常の一瞬においてデヴェクートは可能とされます。同時にルーリア的な枠組みでは、各行為が終末を近づけるとされ、瞬間と終末が短絡します。時間軸としては「今ここ」と「永遠」が重なっています。

5この思想の「幸せ」のかたち——8つの目盛り
幸せの動き
与えられ、それに応える(贈与・応答型)
幸せの主語
「私」という主語がほどけていく
「私」と世界の境目
融合型——「私」が大きなものに溶け込んでいく
境遇(運)との関係
境遇に左右されない(心の持ち方・修行で守れる)
自分で作るか、与えられるか
与えられるもの(恩寵・他力)
苦しみの位置
道の途中の通過点・深まりのしるし
いつ実現するか
今ここ/永遠
幸せの反対
不調和・分断(atzvut(憂鬱)、殻(qelippot))

「私」と世界の境目

「私」は、縮小され、無化されるべき「有(イェシュ)」です。ハバド派のビトゥール・ハイェシュは、自我を虚無化して神的な「無(アイン)」へと還します。ただしスーフィズム(イスラム神秘主義)のファナー(自我の消滅)と異なり、契約の当事者としての人格的な自己は完全には解消されません。無化の後に「奉仕する者」として再構成されるのが主流です。

人間の魂は神性からの流出とされ、被造物と神性の境界が主流ラビ神学より流動的です。この点が、ミトナグディム(「反対者」。ハシディズムに反対した伝統派)からの汎神論(神と世界を同一視する考え)批判を招きました。

関係の類型は「融合型(解消寄り)」です。自我の無化を目指し、魂は神性からの流出とされますが、無化の後に奉仕者として再構成されます。ショーレム(交わり)とイデル(合一)で評価が割れています。

境遇(運)と、努力か贈与か

境遇との関係では「独立」、つまり境遇に左右されないと整理されます。幸せは境遇ではなく意識の在り方に依存するからです。これは、ハシディズムが東欧の貧困層に広がった歴史的背景と結びついています。

努力か贈与かについては、贈与が優位です。デヴェクートもシムハーも、究極的には神からの賜物とされます。ただし、カヴァナー(意図。心を向けること)という人間の側の意図が不可欠です。

苦しみの位置

苦しみは通過点です。ブレスロフ派では、絶望と喜びの弁証法(対立するものが互いを通じて深まる動き)そのものが霊性の形式となります。苦難や絶望を否認しない点が、ハシディズムのシムハー(喜び)の特徴です。喜びの義務は、苦しみが存在しないふりをすることではありません。

目盛りの定義は 17のマップ の各「目盛りの定義」を参照。

6現代の幸福研究から見ると

ヘドニア/エウダイモニア、三分類の枠組み

ヘドニア(快と満足としての幸福)とエウダイモニア(人間としての機能の発揮としての幸福)という二軸が、もっとも機能しにくい思想です。デヴェクートは快でも徳の実現でもなく、主体の位置そのものの変容だからです。

ハシディズムのシムハーは一見ヘドニア的に見えます。しかし感情状態の追求ではなく、神的な現実への同調の指標です。ヘドニア軸に置くと完全に誤読します。必要なのは「自己の存在論的地位の変容(ビトゥール)」という軸であり、「誰が幸福であるか」の主語そのものが問い直されます。

快楽説/欲求充足説/客観的リスト説の三分類では「枠外」です。三分類はいずれも「ある人にとっての善さ」を問いますが、ビトゥールはその「ある人」を無化するからです。

前野4因子との相性(やってみよう=○ ありがとう=◎ なんとかなる=○ ありのままに=○)

前野隆司(幸福学の研究者)の4因子との相性です。

・ありがとう(つながりと感謝)=◎(とてもよく合う)。ツァディークと共同体、喜びの共有が中心にあります。

・なんとかなる(前向きと楽観)=○(合う)。シムハーの義務があります。ただしこれは喜びの命令であり、楽観という心理特性とは異なります。

・ありのままに(独立と自分らしさ)=○(合う)。ビトゥール(自我の無化)に対応します。

・やってみよう(自己実現と成長)=○(合う)。アヴォダー・ベガシュミユート、つまり日常の労働の聖別があります。

生きとし生けるものの幸せ(○ 含むが、人間との差はある)

人間以外の存在への配慮は○と評価されます。ルーリア的宇宙論では神的な火花は万物に散在しており、ティクン(修復)の対象は全被造物です。ハシディズムは動物にも魂の次元を認めます。ただし、実践の焦点は人間の霊性にあります。

研究でどこまで確かめられているか

研究の蓄積は「ほぼ空白」です。この思想に固有の量的研究は、ほとんど存在しません。

ハシディズムの共同体は、宗教的に高密度な共同体の事例として、社会学的・疫学的研究の対象になります。共同体的な紐帯とメンタルヘルスの関係を検討する文脈で扱われます。

ただし距離を明記しておきます。ハシディズムのシムハーは、主観的幸福感の尺度で測られる感情価(快・不快の度合い)とは対象が異なります。「喜びの義務」という規範的な要求を伴う点で、自己報告型の幸福測定とは概念的に対応しません。閉鎖的な共同体では、社会的望ましさバイアス(周囲に望まれる答えをしてしまう傾向)の問題も大きいです。また、マインドフルネス研究とヒトボデドゥートやヒトボネヌートを接続する試みは、神への呼びかけという志向的な構造を欠いた技法への還元になりやすいです。

7系譜と発達段階

どこから来て、どこへ流れたか

どこから来たか。ラビ・ユダヤ教(C-01)を母体とし、新プラトン主義(一者からの流出を説く古代末期の哲学)、グノーシス的要素(隠された知による救済を説く古代の思想)、そしてスペインでの接触を通じたイスラーム神秘主義の影響を受けています。

成立は三段階です。①初期カバラは12世紀末のプロヴァンス、13世紀のジローナ、13世紀末のカスティーリャ(『ゾーハル』の成立)。②ルーリア・カバラは16世紀のツファット(パレスチナ北部の町)で、イツハク・ルリア(1534-1572)による。③ハシディズムは18世紀のポドリア・ヴォルヒニア(現ウクライナ西部)で、バアル・シェム・トヴ(「良き名の主」の意。ハシディズムの創始者)を起点とし、19世紀に東欧ユダヤ社会の大衆運動となりました。

どこへ流れたか。ルネサンスのキリスト教カバラ(ピコ・デラ・ミランドラ=15世紀イタリアの人文主義者)、ハシディズム共同体、ブーバー(20世紀の哲学者)の対話哲学、そして20世紀のニューエイジ的カバラ(歴史的カバラとは区別されます)へと流れました。

発達段階論から見ると

キーガン(成人の心の発達段階を研究した心理学者)の段階論で見ると、ビトゥール(自我の無化)は段階の軸の外にある、自己境界の解除です。しかしツァディークへの帰依は、段階3(周囲に合わせる自己)的な、権威への従属を伴います。

ハシディズムがこの二つを同時に持つことが、ミトナグディムからの批判(権威崇拝と汎神論の同居)の背景にあります。

「器」(実践を運営する自己のあり方)と「目標」(目指す自己のあり方)を分けると、器は段階3、目標は段階5(自分の枠組みを相対化できる自己)と整理されています。なお、高い段階ほど良いという読み方はしないでください。段階は優劣ではなく、自己のあり方の違いを記述するものです。

8現代の言葉に翻訳すると

【与えられて応える/関係を結び直す】という型です。「喜びは義務、憂鬱は最大の敵」という設計が特徴です。

日常の食事や労働を意図(カヴァナー)によって聖別するアヴォダー・ベガシュミユートは、「日常の仕事に意味を注入する」介入の原型と読めます。ただし、喜びを義務化すると、自己報告に社会的望ましさバイアスが生じます。

9気をつけたいこと

安全装置師の監督・段階的伝授順序・前提条件・資格戒律・倫理規範教義上の警告(魔境・慢心・偽の悟り)

この思想の安全装置のタグは「師・段・戒・警」です。師=師が導く、段=段階を踏んで進む、戒=戒律が土台になる、警=逸脱の危険が警告として記憶されている、という意味です。

カバラは律法の実践を土台とし、段階的に学びます。ハシディズムではツァディク(レベ)が信徒を導きます。喜び(シムハー)の強調が憂鬱への傾斜を防ぐ一方、レベへの依存が問題化することもありました。サバタイ派の偽メシア運動(17世紀、サバタイ・ツヴィをメシアと信じた運動)が、「律法を離れた神秘主義」への警告として記憶されています。

誤解されやすい点

①デヴェクートを「合一(union)」と訳すか「交わり(communion)」と訳すかが、学説そのものです。訳語の選択は中立ではないため、原語のまま置き、両方の解釈を併記しています。

②ビトゥールを仏教的な「無我」と同一視しないでください。ビトゥールは人格的な神への奉仕を前提とし、無我は縁起(すべてが条件によって成り立つという分析)の帰結であって、構造がまったく異なります。

③シムハーを「ポジティブ思考」と読まないでください。

④カバラ・センターなどの現代の大衆カバラと、歴史的なカバラを峻別してください。

⑤シェキナー(神の臨在。カバラでは女性的な位相として語られる)を安易に「女神」と読まないでください。

⑥ツィムツーム(神の自己収縮)を字義通りの空間的収縮と読むか、比喩と読むかは、ヴィルナ・ガオン以降の主要な争点です。

学者の間で議論があること

①ハシディズム対ミトナグディム。ヴィルナ・ガオン(18世紀リトアニアの律法学者)を中心とする破門が、1772年以降複数回ありました。争点は、(a)トーラー学習に対する祈りと熱狂の優位、(b)ツァディーク崇敬の偶像崇拝的な危険、(c)汎神論、(d)サバタイ派の余波への警戒、です。

②ハバド(知性型)対ポーランド系(情動型)、そしてブレスロフ派の独自路線。

③ショーレム対イデルの学説論争。ショーレムは、ユダヤ神秘主義には合一(ウニオ・ミスティカ)が稀で、デヴェクートは「交わり」にとどまるとしました。イデル(1988年)は合一体験の存在を主張しました。どちらの読みを採るかで、「ユダヤ神秘主義はキリスト教・イスラム神秘主義と同型か」の答えが変わります。

④サバタイ派の遺産。

⑤現代の「カバラ・センター」型受容(大衆向けカバラ組織を通じた受容)の位置づけ。

10現代の私たちへのヒント

こんなときに:日常が灰色で、聖なるものがどこにもないと感じるとき。ふつうの行為の中に喜びの火花を見つけたい人に。

小さな入口:食べる・歌う・働くという日常の一つを、今日は「隠れているよいもの」を引き出す行為として行ってみる。

判定が近い思想:キリスト教観想的思想・スーフィズム・キリスト教 → 思想の近さマップ

11名言——この思想を代表する言葉
あなたの神、主を愛し、その声に聞き従い、主に密着(デヴェクート)せよ。それこそがあなたの命であり、あなたの日々の長さである。
לְאַהֲבָה אֶת־יְהוָה אֱלֹהֶיךָ לִשְׁמֹעַ בְּקֹלוֹ וּלְדָבְקָה־בוֹ כִּי הוּא חַיֶּיךָ וְאֹרֶךְ יָמֶיךָ
『申命記』30:20

カバラ・ハシディズムの中心語デヴェクート(密着)の聖書的根拠。神への密着そのものが「命」と等置される。

常に喜びのうちにあることは、大いなるミツヴァ(戒め)である。憂鬱と暗い気分を、全力で遠ざけよ。
מִצְוָה גְּדוֹלָה לִהְיוֹת בְּשִׂמְחָה תָּמִיד, וּלְהִתְגַּבֵּר לְהַרְחִיק הָעַצְבוּת וְהַמָּרָה שְׁחֹרָה בְּכָל כֹּחוֹ
ナフマン・オヴ・ブラツラフ『リクテイ・モハラン』第二部 24

喜び(シムハー)を義務とし、憂鬱(アツヴート)を第一の敵とするハシディズムの幸福観を最も端的に示す一句。

二人が組み合って相手を倒そうとするとき、怠惰と重さの側は易々と倒される。悪の衝動との戦いも同じで、憂鬱から来る重さでは勝てず、喜びから来る敏捷さによってのみ勝てる。
אִי אֶפְשָׁר לְנַצְּחוֹ בְּעַצְלוּת וּכְבֵדוּת הַנִּמְשָׁכוֹת מֵעַצְבוּת … כִּי אִם בִּזְרִיזוּת הַנִּמְשֶׁכֶת מִשִּׂמְחָה
シュネウル・ザルマン『タニヤ』リクテイ・アマリム 第26章

ハバド派の基本書が示す、憂鬱が妨げとなる理由の説明。喜びは感情の追求ではなく、内なる戦いの条件とされる。

神から空いている場所は、どこにもない。
לֵית אֲתַר פָּנוּי מִנֵּיהּ
『ティクネイ・ゾーハル』第57ティクン(91b。第70ティクンにも類句)

神は隠れていながらあらゆる場所に満ちているという内在論。幸福が「別の場所」ではなく今ここの覆いを剥ぐことで開かれる根拠。

「私は常に主を我が前に置く」——「置く」とは平静(ヒシュタヴート)のこと。何が起ころうと、人に讃えられようと蔑まれようと、すべてが同じであるように。
שִׁוִּיתִי ה' לְנֶגְדִּי תָמִיד — שִׁוִּיתִי לְשׁוֹן הִשְׁתַּוּוּת
『ツァヴァアト・ハリヴァシュ』第2節(詩篇16:8の解釈。バアル・シェム・トヴに帰される教え)

境遇や評価から独立した内的平静を、神の遍在への信頼から導く。ハシディズム的幸福が境遇非依存である理由を示す。

12もっと知りたい人へ

主な典拠:申命記11:22、30:20(devekutの聖書的基盤)/『バヒール』(12世紀末)/『ゾーハル』(13世紀末)/ハイイム・ヴィタル『生命の樹』(ルーリア教説の主要伝承源)/『ツァヴァアト・ハリヴァシュ』/ヤアコヴ・ヨセフ・オヴ・ポロンネ『トルドット・ヤアコヴ・ヨセフ』(1780、ハシディズム最初の刊行書)/シュネウル・ザルマン『タニヤ』(1796、ハバドの基本書)/ナフマン・オヴ・ブラツラフ『リクテイ・モハラン』

参考文献:Idel, M. (1988) Kabbalah: New Perspectives, Yale UP(Scholem批判の本体)/Biale, D. et al. (2018) Hasidism: A New History, Princeton UP(最も包括的な学術通史)/Huss, B. (2007) The New Age of Kabbalah, Journal of Modern Jewish Studies 6(2)/Scholem, G. Devekut, or Communion with God(Hundert編 Essential Papers on Hasidism, NYU Press, 1991, pp.275-298 所収版が確実に引用可能。初出書誌は未確認)

13用語解説
カバラ 中世スペインで体系化されたユダヤ教の神秘思想
ハシディズム 18世紀東欧で生まれた、喜びと日常の敬虔を重んじるユダヤ教の大衆的な運動
デヴェクート 神への密着。「合一」か「交わり」かで訳し方が争われる
シムハー 喜び。ハシディズムでは義務
ツァディーク ハシディズムの共同体を導く聖なる指導者。レベとも呼ぶ
神的火花(ニツォツォート) 創造の破局で世界中に散ったとされる神の光のかけら
ビトゥール 自我を無にすること。ハバド派ではビトゥール・ハイェシュ(「有」の無化)
アツヴート 憂鬱。ハシディズムにおける第一の敵
ケリポート 「殻」。神的な光を覆う悪の外皮
イェシュ 「有」。自我としての存在
アイン 「無」。自我が還るべき神的な無
ルーリア・カバラ 16世紀ツファットのイツハク・ルリアによる神秘思想。器の破砕・火花・修復の宇宙論
ツィムツーム 神の自己収縮。創造のために神が自らを退けたとする考え。字義通りか比喩かで争いがある
シェヴィラット・ハケリーム 器の破砕。創造の破局
ティクン 修復。散らばった火花を解放し全体を回復する営み
アヴォダー・ベガシュミユート 物質性における神への奉仕。日常の食事や労働を意図によって聖別すること
カヴァナー 意図。心を神に向けること
ヒトボデドゥート ブレスロフ派の、孤独のなかで神に自由に語りかける祈り
ヒトボネヌート ハバド派の分析的な黙想
ニグン 言葉のない旋律
セフィロート 神の十の流出の位相。カバラの神の内的な生の構造
シェキナー 神の臨在。カバラでは女性的な位相として語られる
ハバド 知性を重んじるハシディズムの一派。基本書は『タニヤ』
ブレスロフ ナフマン・オヴ・ブラツラフを祖とするハシディズムの一派
ミトナグディム 「反対者」。ハシディズムに反対した伝統派。ヴィルナ・ガオンが中心
バアル・シェム・トヴ 「良き名の主」。18世紀のハシディズムの創始者
サバタイ派 17世紀にサバタイ・ツヴィをメシアと信じた偽メシア運動
ショーレムとイデル ユダヤ神秘主義研究の二人の学者。デヴェクートを「交わり」と読むか「合一」と読むかで対立
汎神論 神と世界を同一視する考え
『ゾーハル』 13世紀末スペインで成立したカバラの中心文献

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