世界の思想と宗教の幸福観マップ

各思想からの悩み相談30 ・ 仕事 1/30

部下や後輩に、きつく当たってしまう(パワハラをしている側)

この悩みの形

この文章を読んでいるということは、あなたはすでに「自分がやっていることは、きついを超えているかもしれない」と気づいています。その気づきは、責めるためではなく、ここから先の材料として使ってください。

本マップの目盛りで見ると、この悩みには二つの構造があります。一つは「幸せの主語」です。多くの職場では、成果を出す個人が主語で、部下は成果の手段に見えやすくなります。47の伝統のうち、幸せの主語を関係や共同体に置く伝統は28あり、そこでは「部下を怒鳴る自分」は、一人で強い人ではなく、関係の網を自分で切っている人として映ります。もう一つは「苦の位置」です。怒りは苦しいものですが、怒鳴っている瞬間だけは苦が軽くなるように感じます。だから繰り返されます。多くの伝統は、怒りを「相手の問題」ではなく「自分の中で火がついている状態」として扱います。現代の標準的な答えは、アンガーマネジメントの技法や「リーダーシップを伸ばす」という開花型の処方です。それ自体は悪くありませんが、「自分を伸ばせばよい」という答えは、傷ついた相手のことを視界から外しがちです。この悩みは、あなた一人の成長の問題ではなく、相手の回復を含む問題です。伝統の言葉は、その両方に届く語彙を持っています。

先に言っておきたいこと

伝統の言葉を、自分を軽くするためだけに使わないでください。「怒りは煩悩だから仕方がない」「人は凡夫だ」「穢れは祓えばよい」という言葉は、どれも相手の回復とセットで語られてきたものです。この文章で扱うのは、あなたの構えの変え方であって、相手に対する償いの代わりではありません。

もう一つ。相手が距離を取りたいと言うなら、その距離を尊重してください。謝罪は、あなたが楽になるためにするものではありません。相手が受け取れないときは、受け取れないという事実を受け取ることが、最初の償いになります。被害を受けた側の回復は、あなたの反省の速度とは別の時間で進みます。それを急がせないことが、ここでの最初の約束です。

各思想からの答え

除去・回復型——怒りを「取り除くもの」として扱う

仏教(上座部)

この伝統は、貪り・怒り・無知を三毒(さんどく。苦しみを生む三つの根本的な毒)と呼び、怒りを相手の落ち度ではなく、自分の中で燃えている火として扱います。実践の出発点は四念処(しねんじょ。体・感覚・心・ものごとを観察する瞑想)で、現代のマインドフルネスの源流です。これを今のあなたに引きつけると、怒鳴る前に「今、火がついているな」と一度だけ見る、という小さな練習になります。火を消そうとしなくてかまいません。見ているあいだは、燃料を足さずに済みます。

ジャイナ教

一切の生きものを傷つけないことを徹底する伝統です。最古層の聖典は、生きるものを殺さず、虐げず、苦しめず、追い立ててはならない、と説きます。怒り・慢心・欺き・貪りという情念(カシャーヤ)が、魂を重くする業(ごう。行為の結果が残るもの)を招くと考えます。言葉で人を追い立てることも、この伝統では傷つけることに含まれます。今日一日、言葉のどこかで「傷つけない」を一つだけ守る、という入口があります。

神道

過ちを反省することに加えて、付着した穢れ(けがれ)を祓って本来の清さに戻る、という回復の形を持っています。罪悪感で自分を縛り続けないという点で、この発想は有効です。ただし、神道の祓いは共同体の儀礼の中で働くものです。一人で「祓ったからもう終わり」とすると、相手の回復が抜け落ちます。帰宅して手を洗い、区切りをつける。そのうえで、翌日の関係を結び直す。この順番で使ってください。

認識転換型——怒りの前にある「判断」を見る

ストア派

エピクテトス(ローマ時代のストア派の哲学者。奴隷の身から自由になった)は『提要』5で「人を動揺させるのは物事そのものではなく、物事についての判断である」と言いました。部下のミスそのものがあなたを怒らせているのではなく、「こいつは自分を軽く見ている」という判断が怒らせている、という見方です。部下の行動や能力は、あなた次第ではありません。あなた次第なのは、自分の言葉と行動だけです。上司という配役(プロソーポン)を良く演じることは、大声を出すことではありません。

禅

「できる部下」「できない部下」と切り分ける分別(ふんべつ)と、取捨(取ったり捨てたりする選り好み)を、禅は求める心の現れとして退けます。ラベルを貼った瞬間に、目の前の人ではなくラベルに向かって怒鳴ることになります。今日のこの人の、この一つの仕事だけを見る。評価を一度外して、作業そのものを一緒にやってみる。禅の作務(さむ。掃除や労働を修行とすること)の構えは、指導の場面にもそのまま持ち込めます。

関係構成型——力は、関係の中で扱う

儒教(原始)

『論語』の冒頭には、人が自分を理解してくれなくても腹を立てない人を君子と呼ぶ言葉があります。部下があなたの意図を汲めないことは、怒る理由ではなく、礼(れい。体で覚える社会的な型)を通して伝える仕事が残っているということです。儒教の五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友という五つの関係)は、上に立つ側にも義務を課します。恕(じょ。自分がされたくないことを人にしないこと)は、上から下へも働きます。

Ubuntu

南アフリカの真実和解委員会は、理解は要るが復讐は要らず、償いは要るが報復は要らない、という考えを制度にしました。順番に注意してください。証言と償いが先で、赦しは被害を受けた側が決めます。「人は他の人々を通して人になる」という考えでは、部下の人間性を認めないことは、あなた自身の人間性を削ることでもあります。あなたが人であるためにも、相手を人として扱う必要があるのです。

アドラー(個人心理学)

アドラーは、ほめることも叱ることも賞罰として退け、その人が課題に向かう力を持てるように関わる勇気づけを置きました。そして「何のためにそうしているのか」という目的論的な問いを使います。何のために怒鳴っているのか。相手を変えるためか、自分の優越を確かめるためか。優越を装ってごまかす状態を、アドラーは優越コンプレックスと呼びました。怒鳴ることで勇気が増えた部下は、一人もいません。

北米先住民(Hózhó/Mino-Bimaadiziwin)

ナバホの人々はホジョー(調和・美・健康・善を一語で包む言葉)が乱れた状態を不調和と呼び、暴力や関係の乱れをその現れとして扱います。回復は、個人の反省ではなく、家族と共同体が参加する儀礼によって行われます。あなたの職場に儀礼はありませんが、「回復は一人でやるものではない」という点は持ち帰れます。怒鳴った場面を見ていた人、巻き込まれた人も、関係の乱れの中にいます。修復は、相手と二人だけでなく、場全体に向けて行うものです。

贈与・応答型——責めずに、立ち返る

ヒンドゥー(ギーター)

『バガヴァッド・ギーター』3.37は「それは欲望であり、それは怒りである。激質から生じ、貪り食い、大いなる悪をなすもの。これをこの世における敵と知れ」と言います。敵は部下ではなく、怒りそのものです。ギーターは結果への執着を手放して務めを果たせと説きます。成果を自分のものとして握りしめているとき、人は成果を脅かす相手に当たります。握りしめる手を少し緩めることが、怒りを減らします。

キリスト教

この伝統で罪とは「的を外すこと」であり、その根にあるのがスペルビア(傲慢)です。隣人を自分のように愛せという第二の掟は、部下を自分より下の存在として扱う構えへの、最も短い反論です。そして悔い改めは、自分を裁き続けることではなく、向きを変えることです。向きを変えた人が、次の日からどう振る舞うかが問われます。

仏教(浄土)

人は欲や怒りを断てない凡夫(ぼんぶ。弱い存在)で、そのまま救われている、と説きます。親鸞は、自分の善を頼む心を最大の妨げと見ました。「自分は正しい指導をしている」という自力の構えこそ、この伝統が最初に外させるものです。ただし、悪人正機(あくにんしょうき)は「悪をしてよい」ではありません。親鸞自身がそれを戒めています。凡夫であることを認めるのは、怒りを正当化するためではなく、怒りを隠さずに見るためです。

ユダヤ教

ヒレルは「自分にとって嫌なことを、隣人にするな。これがトーラーの全体であり、あとはその注釈だ」と言いました(『バビロニア・タルムード』シャバット31a)。この伝統は悪しき衝動(イェツェル・ハラ)を根絶すべき悪ではなく、仕事や野心の源でもあるとして、制御し転用する対象と見ます。あなたの怒りの裏にある「この仕事を良くしたい」という力は、別の形で使えます。中傷(ラション・ハラ)は重い罪とされ、テシュヴァ(立ち帰り)は、傷つけた相手への償いを含みます。

制度・集計型——人を手段にしていないか

カント

人格には値段をつけられない尊厳(Würde)がある、とカントは言いました。人を手段としてのみ扱ってはならず、他者の幸福を増やすことは義務です。本マップでは「幸福を目標にしない」という理由から適用不能に分類されますが、この悩みには最も短く届きます。部下を、あなたの成果の手段としてのみ扱っていないか。その問いに正直に答えることが、構えの変化の出発点です。

功利主義

誰もが一人として数えられ、誰も一人以上には数えられない、というのがこの伝統の原則です。部下の苦しみは、あなたの焦りと同じ一人分として数えられます。この伝統は、苦に意味を与える言説を認めません。「厳しくするのは本人のためだ」という理屈は、相手の苦を減らしていないなら、この型では成り立ちません。制度と法を安全装置に置く発想は、社内の窓口や研修を「自分を守る枠」として使え、ということでもあります。

ケイパビリティ・アプローチ

長く抑圧された人は望みの水準そのものを下げてしまう、という適応的選好の議論があります。部下が黙っていること、辞めないこと、「大丈夫です」と言うことは、問題がない証拠ではありません。問うべきは、その人が実際に選べる働き方の幅をあなたが狭めていないか、です。幸せを感情ではなく自由の広さで測る、という発想を、部下を見る目に一度入れてみてください。

生命力・身体型——怒りは身体から来ることがある

道教

精気の漏泄(ろうせつ。生命力が漏れ出ること)の原因として、過度の労役を挙げます。眠れていない、食べていない、休んでいない人は、怒りやすくなります。あなたの怒りの一部は、あなた自身が消耗している信号かもしれません。身体を先に整えることは、精神論ではなく、怒りを減らす技術です。心を動かそうとする前に、睡眠と食事と歩くことを整える順序を、この伝統は信じています。

今日からできる三つのこと

試すなら、この中から一つ。伝統の実践(瞑想・行・祈り)の代わりではなく、考え方に触れるための小さな入口です。

  1. 怒鳴りそうになったら、言葉を出す前に一度だけ「今、火がついている」と心の中で言う。消さなくていい。見るだけでいい(仏教(上座部))
  2. 今週、部下の一人に「この前の言い方は、きつかった」と、理由を付けずに伝える。相手の反応を求めない(Ubuntu)
  3. 自分の睡眠時間を一週間記録する。六時間を切る日が続いているなら、怒りの問題の前に、身体の問題として扱う(道教)

こういうときは専門家へ

いらだちが止まらない、眠れない、酒量が増えている、家でも同じことが起きている。こうしたときは構えの問題ではなく、うつや睡眠の問題、アルコールの問題が背景にあることがあります。心療内科・精神科、会社の産業医に相談してください。

パワハラ防止措置は、2022年4月からすべての企業に義務づけられています。社内のハラスメント相談窓口は、受けた側だけでなく「自分の言動が心配だ」という相談にも使えます。会社の外では、総合労働相談コーナー(都道府県労働局)が、管理職からの相談も受けています。相手がすでに休職や退職に至っている場合、あなたの償いは、相手の意思を確かめながら、会社の手続きの中で行ってください。一人で相手に会いに行くことは、相手の回復を妨げることがあります。

つらさが強いとき・「消えてしまいたい」と感じるときは、どうかひとりで抱えないでください。まもろうよ こころ(電話・SNSの相談窓口一覧)/よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・通話無料)。
ひとこと怒りを見ることと、相手の回復を急がせないこと。この二つから始めてください。

この悩みを含む30の悩みは、PDFでも読めます:各思想からの悩み相談30(PDF)

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