世界の思想と宗教の幸福観マップ

各思想からの悩み相談30 ・ 家族 12/30

家族が引きこもっている。どう接すればいいか分からない

この悩みの形

部屋から出てこない家族がいる。声をかけても返事がない。食事だけは部屋の前に置く。もう何年になるのか、数えるのも怖い。内閣府の2022年の調査では、15〜64歳でひきこもり状態にある人は推計146万人、およそ50人に一人です。それだけ多いのに、周りから届く言葉は「働かせないと」「外に出さないと」「甘やかしているからだ」。これらはどれも、幸せの8つの型でいえば開花型(力を伸ばして発揮する型)の言葉で、しかも本人ではなく、家族を責める形で届きます。マップの目盛りで見ると、この悩みには二つの層があります。一つは本人の層です。本人の中で何が起きているかは本人にしか分からず、本マップはそれを直接は扱えません。もう一つは家族の層です。「どう接すればいいか分からない」という問いの主語はあなたで、あなたの構えなら変えられます。幸せの主語を関係の網に置く伝統から見ると、ひきこもりは「本人の欠損」ではなく、家という関係の一本が固まってしまった状態として読めます。苦しみの位置を「関係が崩れたしるし」と見る伝統は、本人を動かすことではなく、固まった結び目をほどくことから始めます。

このページは、本人を変える言葉ではなく、家族の構えを変える言葉を、型ごとに並べます。

まず読むなら、この三つ 道家(老荘)/仏教(上座部)/Ubuntu
この悩みに登場する型
認識転換型
道家(老荘)、ストア派、禅
除去・回復型
仏教(上座部)、神道
関係構成型
Ubuntu、儒教(原始)、アドラー(個人心理学)、アイヌ
生命力・身体型
道教、修験道
贈与・応答型
仏教(浄土)、キリスト教
副産物型
ユング(分析心理学)、実存主義
制度・集計型
ケイパビリティ・アプローチ、功利主義

先に言っておきたいこと

ここに挙げた言葉は、家族の構えを変える語彙であって、本人の診断や治療の代わりにはなりません。三つの線を引いておきます。第一に、家の中に暴力がある場合、「無為」「受け入れる」「待つ」を耐える理由にしないこと。身の安全が先です。第二に、ひきこもりの背景には、うつ、不安、統合失調症、発達特性など医療の対象が含まれることがあります。本人が受診できなくても、家族が精神保健福祉センターや保健所に相談することはできます。第三に、「無理やり連れ出す」業者を使わないこと。暴力的な「引き出し」は、本人と家族の関係を決定的に壊します。伝統の技法(瞑想・行など)を本人に勧めることも、本マップの安全装置の観点からは推奨しません。

各思想からの答え

認識転換型——押すほど閉じる

道家(老荘)

道家(どうか。『老子』『荘子』を中心とする古代中国の思想)の中心語は無為(むい)です。『老子』第37章に「道は常に無為にして、而も為さざるは無し(道はつねに何も作為しないが、成し遂げられないことはない)」とあります。無為は怠けではなく、作為的な介入をやめることです。あなたの場面で言えば、「いつまでこうしているの」という言葉を、まず一か月やめてみることになります。押すほど閉じる、という構造をこの伝統は知っています。介入をやめた沈黙に、本人のほうから何かが流れてくることがあります。

ストア派

ストア派(古代ギリシャ・ローマの哲学)のエピクテトス(奴隷の身から自由になった哲学者)は『提要』5で「人を動揺させるのは物事そのものではなく、物事についての判断である」と言いました。これを引きつけると、あなたを苦しめているのは、部屋の扉が閉まっている事実そのものより、「ひきこもりは人生の終わりだ」「親失格だ」という判断です。本人の心の中は、あなた次第ではありません。あなた次第なのは、家の空気と、扉の前での自分の声の調子です。そこだけに力を置いてください。

禅

禅は、「悟りを手に入れよう」と探し回ることをやめたところに、いまの一動作がすでに答えだったと気づく道です。今のあなたに置き直すと、「ひきこもりの子」「ひきこもりの弟」というラベルをいったん外して、今日この一日の、この人だけを見ることになります。部屋の前に食事を置くという行為を、「出てきてもらうため」ではなく、それ自体として、ていねいに行う。目的を手放したときに初めて働く「ただ」が、扉の向こうにも伝わることがあります。

除去・回復型——まず、足すのをやめる

仏教(上座部)

上座部仏教(じょうざぶぶっきょう。パーリ語の経典を用い、東南アジアに広まった仏教)は、苦しみの正体を渇愛(かつあい。止まらない「こうあってほしい」という衝動)に見ます。「出てきてほしい」「働いてほしい」「普通になってほしい」という家族の思いも、この語彙では渇愛です。本人を変える前に、自分の中のその火を見てください。見ているあいだは燃料を足さずに済みます。火を消せと言っているのではありません。動いていることに気づくだけで、扉の前での言葉が変わります。

神道

神道の基本の形は、生命力をくもらせる穢れ(けがれ)を祓(はら)って、もとの清らかな状態に戻る、という繰り返しです。穢れは悔い改める罪ではなく、付着した状態で、責めずに流すものです。家という場のくもりを祓うことになります。玄関を掃く。窓を開ける。本人の部屋には入らず、家の共有の場だけを清める。それを毎朝の小さな儀礼にしてください。「反省」ではなく「祓い」で回復する発想は、何年も続いた自責を伴わない再出発を可能にします。

関係構成型——一本の関係を結び直す

Ubuntu

ウブントゥ(南部アフリカのズールー語などで「人であること」)では、人格は関係の中で達成されるものとされます。南アフリカのツツ大主教は『赦しなくして未来なし』(1999年)で「私の人間性は、あなたの人間性のなかに、解きほぐせないほど結び込まれている」と書きました。あなたの場面で言えば、本人を「人として扱う関係」が一本あるかどうかが問題になります。親子の関係は固まっていることが多いので、叔父、いとこ、昔の友人、支援者など、家族以外の一本を探してください。人数ではなく、一本です。

儒教(原始)

原始儒教(孔子・孟子の思想)では、人は役割(父・子・兄弟といった「名」)において自己が形づくられ、関係の中で徳を実践することに楽(らく。内から湧く充実)があるとされます。役割を失った人に、家の中の小さな役割を一つ用意することになります。ゴミ出し、風呂掃除、夕飯の一品。ただし押しつけではなく、「頼めるなら頼みたい」と扉の前に置いておく形で。役割は檻ではなく、自分の輪郭を取り戻す場所です。受け取るかどうかは本人に委ねてください。

アドラー(個人心理学)

アドラー(オーストリアの精神科医。1870〜1937年)は、人が困難に向かえるのは「自分は役に立っている」と感じられるときだと考え、賞罰ではなく勇気づけで関わることを説きました。岸見一郎の再構成で知られる「課題の分離」を使えば、働くかどうか、部屋を出るかどうかは本人の課題です。家族の課題は、本人が安心していられる場と、小さな貢献ができる場面を用意することです。「ありがとう」を、ごく小さなことに言ってください。それは賞罰ではなく、貢献の実感を返す言葉です。

アイヌ

アイヌの世界観では、カムイ(神・霊的な存在)を丁寧にもてなして送り返せば、また恵みを持って来てくれる、という贈り合いの循環が豊かさの条件とされます。「天から役目なしに降ろされたものは、ひとつもない」という言葉が、萱野茂(アイヌ文化の伝承者)が伝えた言葉として広く知られています(一次資料での初出は未確認です)。ここから言えるのは、いま何もしていないように見える家族にも役目がある、という構えになります。役目を家族が決めることはできません。ただ、ないと決めつけないでいることはできます。

生命力・身体型——心の前に身体

道教

道教(2世紀の中国で成立した宗教。哲学の道家とは区別されます)は、幸せを身体と生命力の問題として最も正面から扱い、生命は精・気・神から成り、養生(呼吸・食事・体操・睡眠)で満たされると考えます。今のあなたに置き直すと、昼夜が逆転し、食事が偏った身体に、心の話は届かないことになります。扉の前に置く食事の中身、カーテンから入る光。そして、家族自身の身体です。何年も気を張ってきたあなたの睡眠と食事が先に満ちないと、どんな構えも続きません。

修験道

修験道(山での修行を中心とする日本の宗教)の行者は、山に入っていったん死に、生まれ変わって里に戻ります。宗教学者の宮家準はこれを擬死再生(ぎしさいせい)と呼びました。閉じた部屋は、本人にとっての「山の中」かもしれません。外からは何も起きていないように見えても、中では作り直しが進んでいることがあります。ただし修験道の行には先達(指導者)と期限があります。山にいる時間が年単位になるなら、家族だけで待たず、伴走する第三者を入れてください。

贈与・応答型——家族が先に楽になる

仏教(浄土)

浄土教(法然と親鸞が開いた仏教の流れ)は、自力で何とかしようとして疲れ切った人に、いちばん届く言葉を持っています。人はもともと欲や怒りを断てない凡夫(ぼんぶ)で、そのままで救われている。「育て方が悪かった」「自分が何とかしなければ」という自力の計らいが、あなたをいちばん縛っている鎖です。本人が変わらなくても、あなたが変わらなくても、すでに受け取っているものがある。他力は人任せではなく、計らいを手放すことです。家族が先に楽になることは、本人への裏切りではありません。

キリスト教

キリスト教では、幸せは自力で獲得する徳の完成ではなく、神との交わりの中で贈り物(恩寵)として与えられるものです。山上の垂訓は、貧しい者や悲しむ者を「幸いなるかな」と宣言し、幸せを外的な条件から切り離しました。あなたの場面で言えば、この人の存在そのものが贈り物であって、働くことや外に出ることは、贈り物に付いた条件ではない、という構えになります。今日この人が生きて家にいる。それ自体を受け取るところから、関係は組み直せます。

副産物型——出てくることを目標から外す

ユング(分析心理学)

ユング(スイスの精神科医)は幸せを目標にせず、自分の認めたくない部分である「影」も含めて自分の全体になる個性化を人生の課題に置きました。正当な苦しみを回避すること自体が病を生む、とも考えています。ひきこもっている時期は本人の影ではなく全体の一部であり、後から意味を持つことがある、という見方になります。家族が先に、この時期を「なかったことにしない」「恥として隠さない」と決めてください。隠されている時期は、意味を持ちにくいからです。

実存主義

実存主義(サルトルやフランクルらの哲学)は、人間にあらかじめ決まった本質はなく、自分で選んだ生き方に責任をもつことを説きます。ここから言えるのは、部屋を出るかどうかの選択を、家族が決めるのをやめて本人に返すことになります。フランクル(強制収容所を生き延びた精神科医)の言う態度価値、つまり変えられない状況にどんな態度をとるかは、家族の側にも残されています。本人が動かない年月を「失われた時間」と呼ぶか「待った時間」と呼ぶかは、あなたが選べます。

制度・集計型——家族だけで抱えない

ケイパビリティ・アプローチ

経済学者センと哲学者ヌスバウムによるケイパビリティ・アプローチは、生の良さを「価値ある生き方を実際に選べる自由の広さ」で測ります。重要な概念が適応的選好(長く剥奪された人は望みのレベル自体を下げてしまうこと)です。今のあなたに置き直すと、本人だけでなく家族も、何年もかけて望みを下げ、「とにかく家にいてくれれば」まで縮んでいることがあります。選べる幅を広げるのは本人の努力ではなく、制度の仕事です。支援センター、家族会、訪問支援。幅を広げる道具は、家の外にあります。

功利主義

功利主義(ベンサムやミルの思想)は、幸せを快から苦を引いた正味の量とし、誰の苦も一人分として平等に数えます。本人の苦だけでなく、あなたの苦も、きょうだいの苦も、同じ重さで数えに入ることになります。家族が疲弊して倒れれば、総量は増えます。「本人のために自分を削る」ことが、計算のうえで正しいとは限りません。家族の休息は、本人の回復と対立しません。

今日からできる三つのこと

試すなら、この中から一つ。伝統の実践(瞑想・行・祈り)の代わりではなく、考え方に触れるための小さな入口です。

  1. 「いつまでこうしているの」という言葉を、一か月だけ封印する。代わりに「おはよう」「ごはん置いたよ」だけを言う(道家(老荘))
  2. 本人の部屋には入らず、玄関と台所だけを毎朝きれいにする。場を清めることを、自分の儀礼にする(神道)
  3. 家族会(KHJなど)か支援センターに、まず家族だけで一度行く。本人を連れていく必要はありません(ケイパビリティ・アプローチ)

こういうときは専門家へ

各都道府県・政令指定都市にはひきこもり地域支援センターがあり、市区町村にも相談窓口があります。同じ立場の家族とつながるには、KHJ全国ひきこもり家族会連合会の支部があります。本人が眠れない、食べない、独り言や強い被害感がある、消えてしまいたいと言う、といったサインは医療の対象で、精神保健福祉センター・保健所に家族が相談できます。15〜49歳なら地域若者サポートステーション、生活費の不安は生活困窮者自立相談支援機関、親が高齢なら地域包括支援センターが窓口です。家庭内で暴力がある場合は、警察相談専用電話(#9110)、緊急時は110番です。家族自身が限界なら、よりそいホットライン(0120-279-338)や、いのちの電話に電話してください。

つらさが強いとき・「消えてしまいたい」と感じるときは、どうかひとりで抱えないでください。まもろうよ こころ(電話・SNSの相談窓口一覧)/よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・通話無料)。
ひとこと扉を開けるのは本人です。扉の前の空気を変えるのは、あなたにできます。

この悩みを含む30の悩みは、PDFでも読めます:各思想からの悩み相談30(PDF)

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